フライブルク市内で4ヶ所の視察を終え、その日の午前中最後の視察場所は郊外へ20分ほど車を走らせた場所にある住宅建設現場2ヵ所でした。一旦、建設会社の事務所に伺ったのですが、本社事務所に隣接して、小規模ながら自社の製材工場があり、製材から建築、さらに不動産の販売や管理まで手がけている会社でした。ちなみに、この会社が使用している黒い森産の木材は、トウヒ(マツ科の常緑針葉樹)が多いとのことです。

 製材工場で一通りの説明を聞いた後、住宅建築現場に案内していただきましたが、CLTを多用した木造3階建て6戸が56棟、内装の一部を除き完成していました。戸当たり面積は約90㎡で、賃貸棟と分譲棟が混在していました。賃貸住宅の場合は、月額賃料は光熱費別で900ユーロとのことなので、邦貨換算で11万円くらいでしょうか。日本風に坪単価に換算すると約4,100円となり、新築で高品質な木造集合住宅であることを考慮すると、それなりのお得感もあります。

 これに対して、分譲住宅の販売価格は、オプション仕様の内容により㎡単価で3,5004,500ユーロ、邦貨換算では43万~55万円くらいのレンジです。坪単価に置き換えれば、140万~180万円くらいの見当でしょうか。1戸が3,800万~4,800万円くらいで、こちらの方は、日本とそれほど大きな差は無いのかも知れません。なお、賃貸住宅、分譲住宅とも、建物地下にある駐車場1台と物置が付属しています。

 日本の場合と決定的に異なるのは、想定使用年数です。日本では高品質な木造共同住宅はまだそれほど多くないので、単純に比較できない要素もあるとは言え、分譲住宅として考えると、木造戸建で30~40年が事実上の使用年数ではないかと思います。鉄筋コンクリート(RC)造のマンションでも70年なら長い方で、恐らくは40年前後で建て替えの検討が始まるケースが多いのではないでしょうか。それでは、今回視察した木造共同住宅の場合はと言うと、8090年の使用を想定して建築されているとのことです。

 建物がより長く使用できれば、住む人の毎年の経済的負担も抑えることができるのは言うまでもありません。ドイツでも分譲住宅は長期間(20年くらいが多いそうです。)のローンを組んで購入する人が多いそうですが、仮に80年使用することが出来れば、子供や孫の代で各1人(1世帯)は住宅ローンとは無縁の生活を送ることも出来ます。賃貸住宅の場合でも、投資回収期間をより長期に設定できれば、先ほど挙げたように、入居者の月額賃料負担を抑えることが可能となり、その分経済的余裕も生じます。

 もう1つ重要なことは住宅の品質ですが、私が見た木造共同住宅の場合、賃貸棟と分譲棟の基本品質は全く同じとのことです。違いは、分譲棟の場合は、購入時にオプション仕様を選択することが出来る点です。基本品質が同一水準であれば、当初賃貸住宅に入居したテナントが、長くそこに住みたいと願った場合、中古住宅として購入しても、当初からの分譲住宅に比べて何ら不利益は無い訳です。また、オーナーにとっても、運用の途中でテナントに売却する選択肢があれば、将来の経済的事情の変化にもより柔軟に対応できるでしょう。

 日本の、いわゆる安普請という意味での賃貸仕様が、いかに不動産市場の健全な発展を妨げてきたのか。それにより、不動産賃貸事業者は膨大な顧客の流出を自ら招いてしまったのです。日本は人口減少時代に入り、賃貸住宅の空室率は上昇を続け、分譲住宅の契約率も下がってきていると言われます。私たちには池塘春草の夢に耽っている余裕はありません。どのような環境下でも事業を継続させ発展させるためには、従来の固定観念から脱却し、ハード、ソフト両面で高品質な賃貸住宅を提供しなければ、と思いを新たにしました。

(3階建て6戸イチの木造集合住宅)

               (3階建て6戸イチの木造集合住宅)